鷹匠 静岡 鷹匠の歴史>鷹匠マップ>静岡市グルメ情報>静岡市ホテル情報>静岡市ショップ情報>静岡市バーゲン情報>静岡市イベント情報

takajyo.net|鷹匠界隈の総合情報サイト

Yahoo!検索

鷹匠の紹介 鷹匠マップ グルメ情報 ホテル情報 ショップ情報 バーゲン情報 イベント情報 鷹匠コラム


周辺情報はこちら
■鷹匠の歴史
家康像
大成高校
北街道
-大御所時代から綿々と息づき変遷を遂げて-
昭和45年(1970年)11月1日に、住居表示実施によって「鷹匠1〜3丁目」となりました。
江戸期から昭和45年までの町名は「鷹匠町」。35年前は“町”がついていたのですね。明治22年(1886年)までは静岡を冠称、静 岡市鷹匠町となったのは、明治23年と記録されています。
江戸時代は、駿府城外濠の南東に位置する武家屋敷の通称で『駿国雑志』には[御城代与力・同心の屋敷有りて町家なし]と記され、駿府城下96カ町には挙げられていません。天保4年(1833年)の『駿府独案内』には「タカセウ丁」、徳川家康公に奉仕した鷹匠が居住したことに由来します。また隣接する江川町で大御所が雕(わし)を飼ったことにちなみ、町の境界に架かる橋を雕(くまたか)橋と呼んだという説もあるようです。慶安4年(1651年)、駿府 城横内門前(現・鷹匠1丁目)に城外の警護にあたる武士たちの加番屋敷が移されたのを機に、加番という表現も漫然と使われていました。
なお、今川家人質時代の家康の住まいも当地にあったのですって。ご存知「北街道」は近世 以前の東海道筋であったとされ、江尻(旧清水市)の港と駿府を結ぶ重要な通路でした。
明治維新後、静岡に移住した徳川家の旧臣が武家屋敷の長屋に住みつき、鷹匠町は江戸から来た士族の巣、といわれ、 日清戦争の頃まで彼らがいたと伝えられています。明治26年(1893年)静岡県下初の高等女学校が設立され、36年(1903年)廃校になりますが、当時の校長杉原正市氏が旧設備を利用して開校したのが静岡精華女学校(現・大成高校)です。明治41年(1908年)、鷹匠町1丁目から江尻町に至る軽便鉄道が開通。大正9年(1920年)に電化、 11年には国鉄静岡駅まで、14年には市内仲町まで延長され、鷹匠町は静岡駅と並ぶ静岡市交通の要地となりました。第二次大戦後は駿府城外濠周辺に住宅が建てられ、北街道は商店街として発展します。
そして昭和29年(1954年)、静鉄鷹匠町駅は、新静岡駅に改称され、その後の昭和41年(1966年)に「新静岡センター」が誕生しました。
●静岡市人口(平成20年1月末現在)
720,351人(男:351,255人 女369,096人)
●鷹匠の人口(平成19年12月31日現在)
◎鷹匠1丁目: 429人(男190人 女239人)
◎鷹匠2丁目:1,207人(男560人 女647人)
◎鷹匠3丁目: 854人(男400人 女454人)
 

■公共施設・公園
-都市機能と自然、歴史と最先端の施設がひとつになった街、鷹匠-
●四方を堀に囲まれた18ha(180940m2)の駿府公園
この公園の住所は鷹匠?残念!葵区駿府公園1-1という独立地番なのです。
徳川家康公が天正13年(1585年)に築 城し江戸に移るまでの4年間と大御所時代の10年を過ごした「駿府城」の跡地として広く知られています。
いまは絢爛華麗な天守閣を見ることはできませんが、平成元年に「巽櫓」が、平成8年には「東御門」が、日本の伝統的な純木造入母屋造りで復元されました。
また平成13年には、遊びと楽しさを基調とした「紅葉山庭園」が開設。駿河の国の名勝を織りこんだ4つの庭を中心に、四季折々の表情を味わえる心潤す憩いの場となっています。桜やツツジの名所としても人気も抜群。 自由広場や遊技広場なども備えた総合公園として、多くの市民に親しまれています。
駿府公園
●閑静な住宅地に隣接する鷹匠公園
所在地は葵区鷹匠3丁目-15、開設は昭和28年4月で、面積は7506m2です。
朝6時半になると、近所のおばさんたちが集まってラジオ体操と太極拳を。
昼間は三々五々に日向ぼっこや井戸端会議。
夕方は子供たちの元気な声が行き交い、ペット自慢も花盛りです。
西南側のフィットネスゾ−ンでは、ジョギング前のストレッチも。少子化のせいか、最近は公園デビュ−のママ&ベイビ−はあまり見かけませんが、桜・銀杏・欅の木々に囲まれた実にのどかな公園です。
 
東鷹匠公園
●お狐様が出迎えてくれる一加番稲荷神社
鷹匠1丁目の裏通りにあります。御祭神は保食大神(うけもちのおおかみ)、
別名は豊宇比売神(とようけひめのかみ)、または食稲霊神(うかのみたまのかみ)。
稲・五穀の精霊神と尊ばれ、衣食住・商売繁盛・厄除開運・延命長寿の守護神でもあるんですね。鎮座の由来は……。寛永8年(1631年)駿河大納言忠長(2代目秀忠の第3子)が将軍の勘気にふれて甲斐に蟄居後、幕府は駿河を直轄領とします。城主を置かず重臣から城代を任命して庶政を治めさせると同時に、城外守衛にあたる加番屋敷を紺屋町に設置しました。慶安4年(1651年)由井正雪の乱が起こり、加番屋敷と稲荷神社を府城に近い横内門前(現在の鷹匠1丁目)に移転したというわけ。
明治維新後、加番屋敷は廃邸となり、一加番稲荷神社は鷹匠1丁目の産土神へ。
昭和20年6月の戦災で焼失しましたが再興され、現在に至っています。
真っ赤なよだれ掛けのようなものを首から下げた2匹のお狐様が目印。
探してみてください。
 
一加番神社
●通勤・通学・お買い物の起点 新静岡センタ−
静岡市内交通網の要である「新静岡センタ−」のお目見得は昭和41年(1966年)。
現在のバス路線は全部で97、494台のバスが走りまわっています。
新静岡から発車する静鉄電車は、6:00から23:30まで平日が172本、土日祝日が148本。静鉄沿線に住む方々は、鷹匠界隈で夜遅くまで遊んでも、余裕でお家に帰れるというわけです。
                                        (平成17年3月現在)
 
新静岡駅
●地下1階・地上21階のノッポなペガサ−ト
平成16年9月にオ−プンした「ペガサ−ト」は、静岡市街の新しいランドマ−クとして注目を集めています。B1 はグルメ&バラエティフロア。1Fはメディアフロアで2〜3Fはカルチャ−フロア。4〜5Fは、電子メディアを 配したハイブリッドな「静岡市立御幸町図書館」。6〜7Fは、大学や各機関と連携しながら起業家や中小企業を支 援する「静岡市産学交流センタ−」。そして、8〜21Fは超高層分譲マンション。
ところがですね。この「ペガサ −ト」、鷹匠じゃないんです。
でも目と鼻の先だから、ご近所づき合いしましょうね。
 
ぺガサート

 
メニュー 鷹匠の紹介鷹匠マップグルメ情報ホテル情報ショップ情報バーゲン情報イベント情報鷹匠コラム
お問い合わせ サイトマップ ショップ紹介について リンクについて
c2008 AD-SOLUTIONS co.,ltd. all rights reserved. サイト運営事務局 有限会社アド・ソリューションズ
当サイトに掲載している記事及び写真の無断転載を禁じます。